文系の僕でも脳汁の嵐『生物学的文明論』

うひょー、ラスト鳥肌。
映画のトレイラーっぽく表現すれば「あの名著が帰ってきた!」。

生物学的文明論 (新潮新書)
生物学的文明論 (新潮新書)
本川 達雄 (著)

まず軽く解説しておくと本書は「全新書のなかでいちばんのおすすめは?」という企画などでは必ずと言っていいほど出てくる名著『ゾウの時間 ネズミの時間』から20年という時を経て刊行された「続著」である。本書にも前著の「サイズの生物学」の内容も入っていて、ついでにレーベルも「お固い中公」から「やわらか新潮」へと衣替えしていて読みやすくなっている。



■ 文系的な生物学について
さて生物学にはどんな特徴があるのだろう。ガチ文系の僕の印象はというと物理・化学・生物とある理科系科目のなかでも「文系的」であるということ。実際、大学受験で文系の高校生はセンター試験で「暗記科目」である生物を選択するのがセオリーとなっていた。
では「文系的」であるとは一体どういうことだろう? 文系的であるというのは、「どういうことだろう?」ということを問えるということだ。よく言われるように、理系はHowは扱えてもWhyは扱えない。例えば物理学。万有引力が質量に比例して距離の二乗に反比例することが扱えても、なぜ万有引力があるのかという問題は扱えないし、なぜ質量に比例して距離の二乗に反比例するのかも扱うことはできていない。
ひるがえって「文系的」な生物学はどうだろう。

生物は長い歴史を通して、その環境によく適した形をもつものが生き残ってきたました。「なぜこうなっているの? こうなっていると何かいいことがあるの?」という疑問を持ち、それに答えようとする知的努力が、無駄にならないのが生物の世界なのです。

これは文系的だ。本書の冒頭でもその「知的努力」の努力と成果が列挙されている。なぜサンゴ礁の周りには多様な生物がいるのか。なぜ『ファインディング・ニモ』のイソギンチャクとニモの「蠱惑的な関係」が成立するのか。あぁ、脳汁の嵐。文系である僕にこれだけの知的興奮を与えてくれるのであるから、生物学を理系離れの手がかりにしたいという著者の意見もうなずける話である。



■ 生物学的食料論
生物学的視点から見た食料供給論も面白かったのでメモ。10トンの草の山から生み出せる食料の話。草を与える動物は以下の3種。

  • 1トンの牛(500kg*2頭)
  • 1トンのウサギ(2kg*500羽)
  • 1トンのイナゴ(1g*100万匹)

結果は、牛とウサギは同様に増える肉の量は200kg。恒温動物ならばこれはすべて同じ結果になる。但しできる時間は違う。ウサギの場合は3ヶ月で200kg、牛の場合は14ヶ月。小さな個体ほど早い。そして変温動物の場合には増える肉の量は恒温動物の10倍の2000kg。同じ肉を摂取するのであれば変温動物のほうが効率的なのである。つまり、魚類も変温動物なので魚介類を好む日本人の食生活はこういった面からも評価されるべきであるという著者の評。



■ 天寿は41歳?!
ところで『バクマン。』で飛ぶ鳥を落とす勢いの漫画家小畑健のデビュー作はご存知だろうか。『CYBORGじいちゃんG1』である。

CYBORGじいちゃんG 1 (集英社文庫 お 55-4)
CYBORGじいちゃんG 1 (集英社文庫 お 55-4)

パッと見で「ああこの人は原作者と組むようになって本当に良かったんだなぁ」という失礼な反応をしてしまいそうになるマンガだが、なんでわざわざこんなマンガの話を出すのかといえば、人類はサイボーグじいちゃん、サイボーグばあちゃんだらけになっているからである(それだけ)。というのも、生物の心臓が一生に脈打つ数は15億回と相場は決まっていて、それはゾウでもネズミでも一緒。ついでに生涯エネルギーも決まっていてだいたい30億ジュール。それに達するのが人間の場合は41歳。つまり、現代社会で「じいちゃん、ばあちゃん」と呼ばれる人々はみなサイボーグだったのだ。とても信じられない話だが、縄文時代は平均年齢が31歳*1だったという歴史に照らし合わせればおかしな話でもないと思えてくる。「天寿を全うする」とは41歳のことを指していたのだ。いやはや、やはり人間が相対的にしか価値判断できないということを思い知らされる。こんな目からウロコがボロボロ詰まっているのも本書。



■ 著者かわいすぎワロタw
最後に最終章「ナマコの教訓」からの引用。

こんなすごいものを発明したナマコは偉いなあと、尊敬してしまいますね*2。でも正直いって、ナマコが好きになったかというと、そうでもありません。30年ナマコと付き合っていますが、好きという感情は起こらないですねえ。可愛いとも思えません。
可愛い、おもしろい、役に立つというような、自分が好き、自分に得になると感じられるものとばかり付き合おうとする風潮が、今の世の中、非常に強いですね。嫌いなものとは付き合わないし、さらには排斥する。…
頭から毛嫌いせずに、理性的に科学の目をもって、地道に相手の世界を理解する努力が必要です。生物の場合、こうした努力を続ければ、どの生物も驚嘆すべき世界を形作っているのが分かります。本書で取り上げたサンゴもナマコも、みなそうです。

これこそが著者の示す「生物学的文明論」の論考のエッセンスだ。「30年ナマコと付き合っていますが、好きという感情は起こらないですねえ。可愛いとも思えません」と言い放っておきながら巻末に歌を付して御笑唱あれと〆る著者かわいすぎる。



■ 蛇足:オレはこう思う

  1. 大学受験において生物が「暗記科目」である理由も生物学では「意味」を扱えるという点が重要なポイントなんじゃないか。
  2. 愛は公に出すものじゃないんだ。"愛国主義者"に言ってやりたいね。
  3. 「新書が内容まで薄くなってしまった」と言われて久しいですが、工業大学で生物を教えてきた著者のバックグラウンドまで見えてくる濃い新書に出会って嬉しかったのでついつい長い読書感想文になってしまいました。


@ymkjp

*1:幼児の死亡率が高いため生殖年齢に達した15歳以上のみを対象としてもこの平均寿命!

*2:引用者注※著者は数十年来のナマコ研究者である